05.瓦礫の町にて




土煙があがる。
焼け焦げた町並み。
辺りを闊歩するのは、軍服に身を包んだ人間ばかり。
その中には、腰に銀の鎖を見え隠れさせている者も少なくない。

「おぅ、帰ったか」

テントに帰ると、外の瓦礫に座り込んでヒューズが右手を挙げた。
ロイが気付き、足をそちらへと向けなおす。

「あぁ」

そしてそのまま、さっき貰ったばかりのコーヒーを横に置き、彼もヒューズにならって腰を下ろした。
湯気の昇るカップを見つめながら、軍服の前を開ける。

「偵察ご苦労さん」

自分のカップに口を付けながら、ヒューズがちらりとロイを見る。
ふられた彼は、大きなため息を吐いて頭を上げた。

「まったくだ。まだ瓦礫の下に隠れていた子供がいた。」

げんなりと言うロイに、親友は苦笑いを返した。

「仕方ねぇよ。俺達は軍の人間だ、逆らえはしないからな」

ロイは冷めてきたコーヒーを少し口に含んで、飲み込む。
予め用意されているのを、注ぐだけ。
それなのに、いつもより苦い気がした。
知らずに額に皺が寄る。

「子供を焼いたこの右手で飲むから、こんなにもまずいのか。」

思わず呟いた言葉は、ヒューズの眉根をもひそめさせた。
まじまじと手袋をしていない右手を見つめて、ロイは嘲笑した。

「お前…」

そう、ヒューズが何かを言い掛けた時だった。
二人の視界の端から、誰かが歩いてきた。

「お疲れ様です」

金の髪の女性。戦場にはあまり似合わない性の持ち主だ。

「ホークアイ少尉。君も見回りか?」

彼女もコーヒーを貰ってきていた。
細い指の先が赤くなっている。

「はい、急に人数が足らなくなったとかで、違う部隊の手伝いに」

彼女はロイの率いる部隊に属している。
その為、部隊内でのローテーションで受け持ちの地区をまわるが、特に彼の腹心の部下である彼女はいつもロイと供にいる。
彼は眉を潜めた。

「聞いていないぞ?どこの部隊だ、人の部隊から勝手に人間を連れていくとは!」

「行く前にヒューズ少佐に伝言をたのんだのですが」

「ゲッ;」

ロイの眉がピクピクっと動いた。

「ヒューズ…」

彼のポケットからスラリと白いものが見える。
発火布だ。

「あぁ…、そういえば後で来てくれって言われてたから…」

冷汗をダラダラと流しながら、カップを持ち上げヒューズはそそくさとテントへ引き上げていった。

「あいつめ…」

ロイが目で促すと、ホークアイはロイの横に腰を下ろした。
彼女はクイっとコーヒーを飲む。

「それで、何もなかっただろうな?」

急に険しい顔になったロイに、しかし彼女は淡々と答えた。

「えぇ、生き残りも見つかりませんでしたし、特に何も」

漆黒の瞳はそれでも離れない。

「私が心配しているのはそっちじゃない」

真剣な眼差しに、彼女は瞬きもせずに答える。

「何もありませんでした」

そこでようやくロイの口から安堵の息がもれた。
彼が心配していたことは、もちろん彼女の身の安全だ。
戦場というこの場で、溜まった男達の性欲の捌け口にされはしないかと、いつも眼を光らせている。
ただの部下ではない、自分が唯一愛する人を傷つけられたくはない。
傷付いてほしくない。

「触れられなかったか?」

「はい」

「誘われなかったか?」

「銃口を突き付けて、撤回させました。」

「無事、だな?」

「何度も申し上げました通り、何もありませんでした」

彼女は何かあっても泣き付いてくるような女性ではない。
だらこそ余計にロイにとっては心配なのだった。
手にしていたカップを置いて、中尉がそっとロイの右手に触れる。

「リザ?」

白い親指で彼の手の甲をすっと撫でた。

「スミマセン…」

「何がだ?」

そのまま彼女は、彼の指に自分の指を絡めた。

「私がついていれば、貴方が殺さずにすんだのに」

ビクリとロイの体が震えた。

素直なその反応に、彼女はただ俯いたまま目を閉じた。
――貴方がそんなにも苦しい思いをしなくてもすんだのに。

「…聞いたのか…」

彼女は小さく頷く。
ロイは諦めたように笑う。

「仕方ない事だ、人を殺すためにこの場にきている。
相手が子供であろうとも、女であろうとも、殺せとの命令だからな。」

心配そうに見つめる彼女の眼を覗き込んで、更に囁いた。

「けれど、命令を理由に人を燃やして回る私と、君の身を案じて仕方ない私は、困ったことに同一人物だ。
手に余る矛盾でしかない。」

淋しそうな彼女の瞳が、慰めの色に染まる。

「私達は皆エゴイストでしかありません。
誰かの子を殺し、親を殺し、恋人を殺し、自分の愛する人を護る…。
例えそれが直接自分に害をなす存在でなくとも。
そしてそれを正当化するしか出来ない。」

自分の存在にさえ、嫌気がさす。
柔らかい彼女の手にできたタコに触る。
銃の握りすぎだ。
女の人には似合わないもの。
けれども、それを彼女は選んだ。
だから、彼は進む。

強くその手を握る。
上げたロイの顔は、強く微笑んでいた。

「誓おう、リザ。
君が私の為に引き金を引いてくれるかぎり、私は迷わず前に進む。
その道がどれだけ地獄と化していようとも、一番上まで上り詰める。
ロイ・マスタングの名にかけて。」

「はい」



瓦礫の町――――
この手で瓦礫にしたその町は、一生を捧げた誓いの町。
私と彼女の…。






END



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