07.右手に銃を左手に




ある日の昼下がり。
東方司令部内では、食後のコーヒーが出されていた頃。

「『貴方は生きていく為に、二つだけ物を持っていけるとしたら、何を持っていきますか?』」

雑誌か何かに載っていた文章を、フュリー曹長が読んだことが事の始まりだった。
今日は珍しく仕事も捗り、そんなことで昼休みを潰すことに反対する物は居ない。
その上、皆それぞれ好き勝手を言いだす。

「あー、タバコとライター…しかねェなぁ」

口にしていた自分の煙草を振るのは、もちろんハボック少尉。

「生きていく上では、まずは水でしょうな。次に…」

「あーっ、ホークアイ中尉は何を持っていきますか?」

常識的な答えを切々と語られそうだったので、ファルマン准尉を遮るような形で次のホークアイ中尉に回す。

「そうねぇ…」

左手を口元にあてて考え込む中尉に、自然と周囲の目が集まる。
男ばかりが犇めき合うこの司令部で、女性の考え方に皆興味があった。
それがまた、リザ・ホークアイ中尉ときた。
気にならない訳がない。

「銃は、離せないわね」

はぁっ…
予想を裏切らない答えに、一同がため息を吐く。
それが落胆の色を匂わすものなのか、安堵の色に染まったものなのかは、人それぞれだったが。
もしここで、紛い間違って『恋人』などという単語が出てこようものなら、
彼らはすぐさまその男を血祭りにあげるべく、司令部を走り去ることだろう。

「もうひとつ?」

落ちて来た髪を耳に掛けるその仕草に、その場のほとんどの人の心臓がドックンと高鳴る。

「中尉は…」

覚悟を決めたハボック少尉が、口を開く。

「え?」

「恋人とかは、言わないんですか?」

唾を飲み込む音が部屋に響いた気がするのは、気のせいだろうか。
彼女の口が動くまでの時間が、やけに長く感じられる。

「そうね、いたら言うかもしれないけど」

首をひねる中尉に、ハボック少尉は内心舌打ちをしていた。

(嘘ばっか。ホントにいなかったら、とっくに口説きにかかってるぜ)

彼は、彼女に想い人がいることを知っている。

そしてまた、それが独占欲のとても強い、どこか我儘な自分達の上司だということも。

「そうね、あえて言うなら『有能な上司』かしら?」

(ちっくしょ――――っ!!やっぱりあの人か!!)

少尉は心の中で、自分達の上司を死ぬほど恨んだ。
しかし、彼女の言葉には続きがあった。

「きちんと仕事をする『有能な上司』なら、私の銃も錆びることなく使えるかもしれないわね。
今の上司は、アレだけど」

アレとはもちろん「仕事をギリギリまで溜め込むやっかいな癖を持った、雨の日は激しく無能な上司」と言うことだ。
仕舞には、雨の日以外の敵襲については、ほとんど自分で片付けてしまう。
彼女の腕の見せ所は、実は結構少なかったりしているのだ。

「そうっスね、有能な上司になら命だって預けられますからね」

その彼女の答えに苦笑しつつ、ハボックは同意した。
結局のところ彼女が指している人物は、ロイ・マスタング大佐以外の何者でもなかった。
それをわかってしまったから、あえてつっこまない。

(…すっげー、悔しいっスけどっ!)

―――右手に銃を、左手に貴方を。
そうして私は生きていく…
ただ一人、他の誰でもない貴方の為に。


 * * *

「生きていくために、二つ?」

自分の執務室で、休み時間の大佐は言われた言葉を要点だけ復唱した。

「それで君は何と答えたんだ、中尉?」

ニヤニヤと腹に一物といった笑いで、目の前のホークアイ中尉に尋ねた。

「『銃』と『有能な上司』です」

「中尉らしいな」

微笑みが返る。
そして、間髪入れずにすぐに答えが来た。

「そうだな、『恋人』とかいて『有能な部下』、かな」

その答えに、中尉は少しばかりの緊張を解く。
心のどこかで期待していた自分に彼女は当たり前だと叱咤した。

「その心は?」

その言葉を子供のように待っている大佐に、中尉は従った。
急にふわりと口付けが振ってきた。
目の前には、満足気な男の顔。

「君しかいらない」






END



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