01.恋




恋をすると、女性は綺麗になる。

ただ、好きな男に会うために時間をかけて化粧をするとか。
ほんの少し動きに気をつけてみるとか。
本当の所はきっとそんなもの。
とっかえひっかえ女性とデートを繰り返していると、そういう風に思えてくる。
もちろん、表情が華やかになっている人や、雰囲気が柔らかい人もいる。

普通はそう言うものだと思う。
すくなくとも、これまで私の周りの女性は『そう』だった。

しかし、世の中は広いという事を思い知ったのは彼女に出会ってから。



「何か?」

後ろからそっと抱きしめてみると、冷たい視線でそう返された。
私の寝室で髪を拭いているのだから、さすがに拒否はされない。
それでも、その反応はどうかと思う。

仕事中なら、問答無用で銃を構えられる所だ。
「セクハラは軍議の立派な議会内用にはなりますので」
と言って、キッパリ嫌がられる。

プライベートでも、嫌がられなくなっただけマシというものだ。

けれど。
彼女は変わらない。
いい意味でも。
悪い意味でも。

変にフェロモンなど出されて、他の男たちが寄ってきては面倒だ。
しかし、そういう彼女を独り占めしたいと、そうも思う。

「最近、化粧が薄くなってないか?」

ここ数日気になっていたことを口にする。
元から彼女の化粧は薄いが、最近どうもしていないのかと思う程だ。

「ファンデーションを変えたから、そう思われるのでは?」

後ろ髪を前で束ねて、タオルで挟み込み水気を切っている。
何でもないように。

「変えたのか?」
気付かなかった。
そういえば、最近ほんの少し甘い匂いが気になっていた。
彼女は香水も付けないし、夜を共にしていればシャンプーの匂いでもないことはわかる。
化粧品に含まれる、かすかな甘い匂い。
そういえば、口紅も色が変わっていたかもしれない。

これでも女性と付き合うのだからと、普段から気にはしていた。
新しい靴を履いている女性には、似合うと誉める。
香水を変えた女性には、雰囲気が変わったと。
それは、相手がどこか気付いて欲しいと思ってしていることだから。

しかし、彼女に関しては気付けなかった。

「最近忙しくて、化粧を直している時間もありませんので。
直さなくても良いものに変えました。」
彼女に腕を回したまま、ベッドに座り込む。
白いしなやかな指に指を絡め、タオルを取り上げる。

「君は化粧などしなくても、充分に綺麗だがね」

「一応、礼儀ですから。」

抵抗せずに、彼女の指が握ってきた。
その指に、いつもと何か違うものを感じた。

思わず自分の目の前までその指を持ってきて、マジマジと覗き込む。

「…これは…」

細く白い指には、痛々しい肉刺の潰れたあとがあった。
左右の指にしっかりとあるそれは。
銃を握り締めるたびに当たる場所で。
いわゆる胼胝。

つまり彼女が血が出るほどに撃ち込んでいたという事。
戦場でもないし、最近は特に戦闘もなかった。
彼女は毎日というほど射的訓練をしているので、よっぽどの訓練でもないとこうはならない。

「何でもありません」

「どこがだ。いつ銃を抜かなくてはいけないか、わからないんだぞ。
それなのに、どうして…」

いつのまにか興奮して声が大きくなってしまった。
彼女がビクリと腕の中で固まるのがわかる。

「手放したくないんです…貴方を…」

ぎゅっと両手を握り締め、私の手を包み込む。

私を…
私の隣を?
私の命を?
すべて?

こんな血に濡れた手を必死で握り締めてくれなくても、構わないのに。

「大丈夫」

彼女の背中にそっと額を押し当てる。

「君が離して欲しいと言っても、私は決して離しはしない」

君が恋をしてくれたと、思ってもいいということだな?
甘い香の化粧に変えて。
けれど、一番変わったのは、その中味。
独占欲が…沸いてきた?
これまで私に妬かせた分、君が妬いてくれればいいと思う。
私の大きなシャツ一枚を身につけた彼女の背に、祈りを込めた口付けを落とす。

身を飾り立てるわけでもない彼女。
彼女らしいと言えば、らしい。
痛みを増して、それでも彼女は綺麗になる。

背をぴんと張って、銃を構えるその姿。
禁欲的で、それでいてその背のラインが色っぽい。

恋をしている彼女は、きっとどの女性よりも綺麗だ。



例え、彼女が立つ場所が屍の上であっても。






END



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