02.生




偶然、廊下ですれ違った男が写真を手にしていた。
別に見るつもりなんて、なかった。
ただ、すれ違いざまに目にしてしまった。

写真の中の、金の髪の女性。

指で梳くとさらりと心地よく、顔を埋めるといい匂いがする。
白い肌は、女性独特の柔らかさを持ちながら、あちこちに傷跡が残っている。
しなやかなラインを保つ身体。
それでいて軍人としての必要最低限の筋肉を供えている。
唇は甘く、そしてその眼光は鋭い。

私の副官、リザ・ホークアイ中尉。



「中尉ー、こんなもん出回ってるみたいですよ?」

そう言って、休憩を終えたハボック少尉が小さな封筒を手に戻ってきた。
真っ直ぐに彼女のデスクまで歩いてくると、その上に茶色のそれを乗せた。
呼ばれた本人は、手にしていた書類を置いて封筒を摘み上げる。

「見ても?」

彼女が鳶色の目を上げると、少尉はどうぞとばかりに肩を上げて見せた。

封のされていないその封筒は、軍の事務でよく使われているものだ。
大きさはいわゆる、給料袋サイズ。
中から出てきたのは、何枚かの写真。

「!!」

彼女は目を見開いて、口許を押さえていた。
少尉は複雑そうな顔をして溜息をついている。

気になって横から覗き込もうとすると、先に少尉が口を開いた。

「見ない方がいいっスよ?」

そう言われると、余計に気になるものだ。
固まってしまっている中尉の頭の上からひょい、と覗き込む。

中身は彼女の写真だった。

仕事中のもの、ブラハと遊んでやっているもの、食事をしているもの…
そして、ロッカーで着替えている時のものまである。

隠し撮りだ。

「何か、今『生写真』が出回ってるようで。
さすがに下の方にしか回ってないらしいんですが、ウチの隊の奴が見つけて持ってきたんですよ」

こういうものがある、と上司に報告できるだけ、彼の隊は上司への信頼が厚い。
少尉は彼女と共に私のすぐ後ろにいつもいる。
だから、彼らが仲が良い事は見て取れる。

ついでに、と奴はもうひとつ封筒を置いた。

「こっちは大佐の分。女性職員にバカ売れらしいです」

渡された分は、彼女のものよりも種類が多かった。
雨の日にびしょぬれになった時のものまである。

「これ、出場所はわかるか?」

封筒に戻し、近くのゴミ箱に投げ入れるとハボック少尉を見上げる。
短くなった煙草を携帯用灰皿に押し込み、彼はそれをポケットに突っ込む。

「今日中にはココに引きずってきます」

「頼む。私のは構わんが、さすがに女性の隠し撮りはいただけないからな」



執務室で一人で仕事をしていると、ノックがあった。
そろそろお茶の時間だ。
だが、いつも通り現れた中尉は、どこか様子が違っていた。

「どうした?」

どうした、と聞くのは間違っていたかもしれない。
彼女はつい数時間前に、ショックを受けたばっかりなのだから。

「少し、お時間いただけますか」

デスクの前まで来た彼女は、俯いて尋ねる。
手にしていたペンを置き、机の上で肘を付く。
彼女の話を聞ける体勢だ。
「今日、…大佐の家へお邪魔しても宜しいでしょうか?」

突然のセリフに、固まってしまった。
彼女が?
ウチに来る、ということは…。

「意味をわかって言っているのか?」

彼女がウチに来る時は、決まって私が誘っている。
彼女が自分から来たいと言った事はない。
つまりは、そういう関係だった。
私が彼女を求めていた。

「はい」

「本当に、どうしたんだ?君の口からそんな言葉を聞けるとは思ってなかったのに」

あまりに彼女の様子が違うので、机をまわって椅子の所まで来させる。
そっと彼女の頬を包み込むと、ひんやりと冷たかった。

「リザ?」

私の手を取って、彼女は震える声を絞り出すように告げた

「視線が、絡み付いてくるようで。
これまで意識して考えた事がなかったんですが…」

気付けば考えるより先に体が動いてしまっていた。
彼女を強く抱きしめる。

「怖いんです…」

今にも泣き出すんじゃないかと思う程に、切なげで。
私の胸に顔を埋めて、肩を震わせている。

おそらく、ハボック少尉は犯人を見つけても私の前へは連れてこないだろう。
私の怒り具合に奴は気付いていたから。
目の前に連れてこられれば、私はそいつに容赦ないだろう。
できれば、彼女の前にも連れてきて欲しくないくらいだ。

その分身体によくわからせてやればいい。
奴の得意とする所だ。

中尉は我が司令部でも人望ある存在。
信頼されている人間だ。
それに手をだしたのだから、それ相応の覚悟はしてもらわねばならない。

「おいで。私以外の男の視線など気にするな。
女である君しか見ない奴等など、気にする必要はない」

「大佐は、女としての私を見てはいないと?」

少し違う声音で問われた。

「まさか。しかし、仕事場では君は女ではなく一人の軍人だ。
そうだろう?」

すると手の甲を軽くつねられた。
嘘ばっかり、と小さなため息が出る。
それでこそ彼女、愛しき副官殿だ。

「そろそろ、少尉が犯人を挙げてくる頃だろう。
奴の部隊は結束が強いからな。」

言うと、彼女はゆっくり離れた。
さっきとは違う、うってかわったように強く微笑んでいる。

「そうですね、行って来ます」

机の前まで回り、一礼をして踵を返す。
扉に手をかけそのまま少し振り向いた。
何か言おうとして、彼女は口をつぐんだ。

「銃弾はちゃんと充填済みかね?」

にっこり笑って聞いてやると、その顔はいつもの副官のものになる。

「もちろんです、余るようでしたら今晩大佐にも…」

「鉛弾は遠慮しておこう」

「それは残念。では、失礼します。」

丁寧に戸を閉めて、廊下にしばらく彼女の靴音が響いた。

とりあえず、彼女の感情はプラスに傾いたようだ。
帰ってきてついでに怒られないように、仕事を片付けねばなるまい。

それでも、今晩は彼女が来てくれる。
鉛弾は勘弁したいが、彼女自身ならいつでもOKだ。
しかも、今日は弱気だったとは言え誘われた。

「少しは、進歩しているということか」

数分後彼女の銃声が当方司令部に響き渡った。
その場にいたハボック少尉達は、その後何度聞いてもその情景を話しはしなかった。

まぁ、恐ろしくて聞けはしないが…。






END



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