04.殺




ダンッ!ダンッ!ダンッ!

銃声が当方司令部に響き渡る。
建物内での発砲らしく、鉄筋コンクリートにかすかな振動を与えた。

「何だっ!?」

珍しく山のような書類を片付けていた私は、すぐに腰を上げた。
傍にいたファルマン准尉と視線が合い、二人して音のした方にすぐに駆け出す。

実際、他の軍人達は何も気にせずにいつも通り。
射撃場内での銃声は外へは漏れない為、普通ならその音に敏感に反応するはず。
しかし、彼らは普通どおり。
慌てているのは、私とファルマンくらいだろう。
その理由は明確だ。

彼らは、ホークアイ中尉のいつもの『戯れ』だと思っている。
しかし彼女は私たち以外にそんなことはしない。

今彼女は資料室に、書類作成に必要なファイルを取りに行っている。
ブレダ少尉は外回りだし、ハボック少尉は書類を出しに事務に行ったまま。
フュリー曹長は司令部裏で調子の悪い通信用回線を直している頃。
少なくとも、彼女が『戯れで銃を発砲する』理由はない。
エルリック兄弟が来ていたとしても、彼らは彼女の恐ろしさを知っている。
そんな真似はしないだろう。

けれど、あの銃声は彼女のもの。
私が聞き間違えるはずはない。

「中尉っ!!」

資料室のドアを開けると、彼女がいた。
こちらからは棚の視角になって見えないが、その先を彼女の銃口が狙っている。
顔色は真っ青で、肩は大きく上下していた。
その上、目は潤んでいながらも、その視線は殺気を含んでいて。

自分の眉根がギュっと寄ったのを自覚した。

足元に何冊ものファイルをバラ撒いて、彼女はゆっくりと口を開いた。

「大佐…発火布のご用意を…」

声は震えている。

おかしい。
彼女は敵だと人を認識すれば、殺すコトだって出来る人間だ。
その彼女が、こんなにも動揺している。
一体なんだと言うのだ。

ポケットから引きずり出した発火布を、左右ともにつける。
知らず知らずのうちに、背を脂汗が流れた。
銃を構えるファルマンに、そこにいろと目で合図を送りながら、一歩踏み出した。

薄いタイルに軍靴の踵が硬い音を響かせる。
唾を飲み込み、右手をいつでも発火できるよう形作る。

こんなトコロで発火すれば、おそらく書類はダメになるだろう。
なるべく最小限にとどめなくてはなるまい。
狭いスペースでの戦闘は、不利だ。
まずは彼女を人質にとられないようにしなければ。
このスペースでそれをやられたら、私は確実に手が出せなくなる。

乾く唇を舌で少し舐め、勢いよく彼女の前にでる。
睨みつけるような目で相手を見ようとして、固まる。

いない。

「…中尉…どこに…?」

言った瞬間彼女が目をひん剥いた。

「やっ!もうっ、逃げるじゃないですか!!」

「いや、そうは言っても何も…」

「大佐、足もとっ!!」

「は?足元?」

「踏まないで下さい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

「……………あ。」

足元と言われて、右足を一歩引いた。
プチ。
と小気味いい音が聞こえて、何かを踏みつけた事に気付く。
ヒステリーを起こしかけの彼女を見つつ、足をそっと上げる。

「大丈夫ですよ、中尉。もう死んでいるようです。」

状況を理解したファルマンが、銃をしまいながら呆れたように呟く。
彼女は私から数歩離れる。
私の足の下にいたのは…。

「なんだ、ゴ」

「口にしないで下さいっ!!」

今度は私に銃口を向ける始末。

そこにいたのは、黒い虫。
前長4センチ程の、テカテカと脂ぎった長い触覚を二本生やした虫。
食べ残しや、湿気の多い所、汚い部屋に現れるという、アレだ。

確かに女性は、嫌がる。
もちろん私だって好きなわけない。

足の下から出てきたソレは、さっきとまったく変わらない姿のまま、ただ動かない。
発火布を再びポケットに押し込む。

しかし…彼女が泣くほど嫌いだったとは…。
普段クールなだけに、あっさり対処しそうだったんだが。

「ほら、もう銃を仕舞いたまえ」

言うと、不満げにだが彼女はそれをホルダーに突っ込んだ。
リザちゃんご乱心といった所。
意外な一面というか、…いや、可愛いのだが。
そのまま、足元のファイルを猛スピードで拾うと、私を避けて入り口に向かう。

「…中尉?」

見事女性の天敵を退治した私に、しかし彼女は冷たかった。
殺気を含んだ眼光が私を指す。
あいたっ…。

「きっちり、洗剤で靴の裏を洗ってから、執務室に戻ってきてください」

「…は?」

突然の発言に、マヌケな返事しか出てこなかった。

「もちろん、消毒もお忘れなく、大佐。」

今度はその顔のパーツが笑顔を作るが、怒りのオーラは変わらず。
いや、だから殺気が痛いんだってば、中尉。

そうしてそのままスタスタと行ってしまう。
助けに来たのに、なんていう仕打ちだ。

黒い奴の死体をそのまま放置しておくのもできず、だからと言って箒と塵取りもない。
練成するのは面倒だ。
仕方なしにひょいと摘まんで、窓から捨てる。
どうせココは1階だし、そとは木の茂る中庭の端だ。
生き物は土に還るだろう。
振り返ると、ファルマンが大きな溜息をついた。

「大佐」

「何だ?」

「中尉に嫌われたくなければ、手も消毒が必要ですよ」



言われ、私はまじまじと生命線の太い自分の右手を覗いていた。






END



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