06.疲




大佐の膝の上で、ブラックハヤテ号が眠っていた。
丸くなって、彼の足に時々顔を擦り付けるようにしている。

トレーにちょっとしたお茶請けとコーヒーを乗せてキッチンから戻ってきた私は、呆れた。
最初のうちはアレほどまでに大佐を嫌っていたのに。
今では飼い主である私の膝でなく、彼の膝の上で寝てしまうほど…。
ちょっとだけ、悔しい気もする。

「あぁ、中尉」

「遊び疲れですね」

皿とカップをテーブルの上に置く。
足の上にブラハがいるために足を組んでいない彼は、私に無言で微笑む。

隣においで。と。

それももう、慣れてしまっている。
何を言ってもいつも聞いてはくれない。
結局は隣に行かざるをえないのだけど…。

「ブラックハヤテ号が寝ているので、私はこちらで構いません」

あえて向かい側に座り、自分のカップを口につける。
チラリと目だけ上げてみると、不満気な顔をしてこちらを見ている。
さっきまで手はブラハを撫でてやっていたのに、今ではもう止まっていて。

「リザ」

お茶請けのクッキーに手を伸ばすと、名前を呼ばれた。
だからといって、こんなことで彼の思うとおりに行動していたのでは、身体がいくつあっても足りない。
気にせず、ひとつ手にして口の中に放り込む。

重低音で呼ばれて、ドキっとしてしまったことは気付かれてはいけない。

「大佐も、一日中ブラックハヤテ号と遊んでくださって、ありがとうございました。
お疲れでしょう?先に休んでくださって結構ですよ」

声を単調にして、淡々と告げる。
彼にバレてはいけない。
この人のペースに巻き込まれると、いつも私が後で痛い目を見るハメになるから。

真っ黒な前髪の向こう側から、文句を言いた気な同色の瞳が覗いている。
既に視界には私か見えていないらしく、犬のことはそのまんま。

その口許が、弧を描く。

おかしい。
ミスはしていないはずなのに。
彼が調子に乗れるような事は言ってないし、してもいない。

プッ…

急に噴き出された。
そのままクスクスと笑いつつ、またその手でブラックハヤテ号を撫でだす。

「ヤキモチを妬いてくれるのは嬉しいが、もうちょっと素直に妬けないものかな?」

何とも楽しそうに、言ってくれるんだろう。
本当にもう、この人にだけはかなわないのかもしれない。

「妬いた覚えはありませんが?」

言うと、「ふーん」と、ブラハを撫でる。
その長い指で。
ゆっくりと、ゆっくりと。
そうして、私を覗き見るのだ。
卑怯にも程がある。

その手の動きが優しくて、とても優しくて嫌になる。
ゆっくりゆっくり、慈しむように私の犬を撫でるのだ。
休日だからと1週間前から一方的に約束して。
私の家に来て、私の犬と一日中遊んで。
そうして夜は、私の犬を撫でるのだ。

その手が、だんだんと止まる。
カクンと彼の頭が俯いた。
寝てしまったようだ。

イライラはつのる。
カップを置き、ソファを立つ。

私の犬を撫でながら、私の入れたコーヒーに手をつけず。
私の犬を膝に乗せ、私を前に寝る。
気分がいい訳がない。

彼の方まで回り、犬を取り上げる。
寝床は別にある為、そこにいつものように寝かせ、戻った。

二人して遊び疲れとは、いい度胸じゃない。
例え彼の寝顔が悔しいほどに可愛くても、キスなんてしてやらない。
…ひざ掛けはかけて差し上げますが…。

犬と引き換えで持ってきたひざ掛けをかけようと、近寄る。

「まだまだ甘いな、君も」

「っ!!」

一瞬後には彼の腕の中。
強く抱きしめられ、口付けられる。
浅く。
何度も何度も、優しく甘やかに。

耳元で、求めていた重低音が響く。

「自分の愛犬にまで妬くのはやめたまえ」

「誰が…」

「君が」

抱えられた形で、ソファに彼は座った。
つまり、膝の上。
長い、焔をも生み出す指が、私の金糸を絡める。

「近所づきあいは必要だからな。
あの犬にも取り入っておく必要がある」

だからって…。
全てにおいて、悔しい。

「君の犬だからな」

そうして、額に口付けられる。
嬉しいような、恥ずかしいような。
私を抱えたまま彼が立ち上がる。
歩き出す先は寝室。

「大佐」

「何かね?」

やられたら、仕返しは当たり前だろう。
これでやられっぱなしは、嫌だから。

「今日はあの子の相手をしていただいたので、私の相手は結構です」

あえて、微笑む。
彼の表情が固まるのがわかった。

いい気味。



「お疲れ様でした、大佐」






END



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