08.慰




突然上司に呼び出され、30分ほど。
どうしてこの人は…。

「聞いてるのか、ハボック!」

入室してすぐに話の内容がわかり、嫌々ながらも煙草を取り出さないっていうのに。
こんないい部下に対して、グチっスか。
しかも自分は革の椅子に座ったまま、グチグチグチグチ…。
何で巷でこのヒトが女性にモテるのか。
俺にはさっぱりわかりません。
しかもさっきから、話の中に出てくる人物は結局の所たった一人。
そんなにも気になるなら、自分で聞きに行けばいいんじゃかいかと。
覚めた頭でそう思う。

「はいはい、んで結局どうすんですか。
さっさと行かないと、そろそろ中尉帰る頃だと思うんですけど」

欠伸を噛み殺し、黒髪の上司を見下ろす。

本人はポケットから懐中時計を取り出し、今の時間にようやく気付いたように慌てだした。
遅いっつーに。

すぐさま机の影から上等そうな鞄を取りだし、コートかけに手を伸ばしている。
って、帰る気ですか、大佐。
この机の上にこんもりと山になっている、貴方の可愛い書類たちはどーすんですか。
大佐が中尉を怒らせて、彼女が今にもキレそうだったのを宥めた上に、彼女の代わりに書類を取りに来て。
そのまま貴方に捕まって、30分も愚痴を聞きつつ慰めていた俺に対して。
書類ほったらかしで帰るとは…素敵な上司なことで。
あー、もう俺感動で泣いちゃいそうですよ。

と、実は独り言のつもりでも、大佐の耳にはちゃっかり聞こえていたらしい。
しかし既にコートは着込んだあとなので、今日はこれ以上書類に向かう気はないらしい。

この時間だと多分中尉はもう門を出てる頃だろう。
このまま大佐を行かせたところで、更に話がややこしくなるのが関の山だろう。

「大佐、いいコト教えてあげましょうか?」

「何だ?」

大佐は少し不機嫌そうに、扉のところでコッチを振り返る。

二人の話を端から端まで聞かされた俺だからこそ、わかる。
この二人の、『本日のこじれた部分』。

「少し遠回りして、花屋に向かう事をオススメします」

「花屋だと?」

今日はどうやら二人にとって大事な日らしく。
もちろん俺は知らないので、どういう日なのかはまったく予想できないしする気もない。
大佐だけじゃなく中尉も気にしていたから、変な日じゃないんだろ。
それで、大佐はいつものことヨロシク、中尉をディナーに誘った。
が、そのうんたら記念日にも関わらず中尉に振られたという事で、このヒトの機嫌は悪いのだ。

「そう、時間的に考えると駅前の花屋がいいっスよ。」

「あんな遠くまで行ってられるか」

しかし振った彼女にも理由があった。
その記念日とやらに、大佐に手料理をと思ったらしい。
大佐がいただかないなら、俺がご相伴に預かりたいくらいだ。
しかも本人には内緒で用意を勧めていたらしい。

「小さめの花束を買って、そのまま中尉の家にご機嫌取りに行くといいですよ」

「…何を考えている?」

それぞれが計画を立てていて、しかも一歩も譲らなかったらしい。
珍しく中尉も今回は折れない。
ここはどう考えても大佐の方を折るべきだろう。
そう、本人が折れてくれないなら、俺が折ってしまえ。

少なくとも書類も上がってない状態で、明日機嫌の悪い中尉にどやされるのはいやだ。
それならせめて中尉のご機嫌取りをしておいて、明日責任は大佐に擦り付けるのがベスト。

「中尉の機嫌が悪くて、明日それに巻き込まれるのはまっぴらなんで」

怒られるのは大佐だけで充分。

「なら、行ってみるか。
これで中尉の機嫌がなおらなかったら、明日は消し炭だからな」

出た、嫌な名ゼリフ。
このヒトのセンスなら、綺麗な花束を中尉に渡すんだろう。
大きいのはアノヒトも嫌うが、テーブルに飾れる程度ならいいんじゃなかと。
俺からのプレゼントだ。
中尉の事だから気づくんじゃないかと、ちょとした期待も込めて。

戸をあけて、思い出したように大佐が言った。

「お返しに、私からも一ついいコトを教えてやろう」

あ、ヤな顔。
いつもの大佐に戻ってるじゃねーか。

「そこの書類の山、全て確認済みだ」

後悔後先たたず。
スミマセン中尉、このヒトに一発お見舞いしてやってください。

パタンと戸の閉まる音を聞きつつ、俺は日の沈む町並みにいるもう一人の上司に祈った。






END



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