10.強




日差しが強くなってくると、昼間の暑い時間にブラックハヤテ号は日陰にいた。
紫外線が強く、私でもその光は痛い。
真っ白な針で上から串刺しにされるような、そんな感覚。

その愛犬を呼ぶと、かがむ私の元に彼は駆け寄ってきた。
最近しっかり食べているせいか、成長が早い。
もう少ししたら、こうやって抱き上げてやることもできないかもしれない。
いくら軍人とは言え、結局は女の腕。
そうなったら、大佐に抱き上げてもらうしかないのかも…。
そう思って、頭の中に犬に押しつぶされている大佐の図が浮かんでいた。

まぁ…何せ、無能だから…。
ありえない、と言い切れないのが淋しい所。
そう言うところに関しては…情けない人。

司令部の端の方にあるソファに寝かせてやろうと、廊下を行く。
ブラックハヤテ号も午前中を庭で遊びまわった為、お昼寝タイムだから。

と…嫌な事を思い出した。
どこかの誰かさんも、午前中まともに仕事をしていたということは…

「午後はお昼寝タイムなのかしら…?」

自分達が午前中にこなしていた仕事が、午後からサインを必要とするものばかりだった事を思い出す。
溜まった分は残業にしてでも終わらせて貰わなければいけない。
何といっても、最近はただでさえいろいろあって仕事が思うように進まないのだ。
これ以上足を引っ張られていては、彼の昇進にも関わるだろう。
そんなことではいけないから。

「チェックメイト!」

歩いていた廊下の突き当たりのドアから、彼の声が聞こえてきた。
あそこは大佐の執務室。
この時間だと、皆食堂に出払っているはずなのに。
相手は一体…?

「失礼します」

いつも通りのノックをして、扉を開く。
客用の革張りのソファに座って、彼は誰かとチェス盤をにらみ合っていた。

「ちくしょーっ!」

立ち上がって叫んでいるのは、金色の少年。
立ち上がった瞬間に、左足がガションと音を立てている。
どうやら、やっぱりまだ足も手も元には戻っていないようだ。
三つ編みをブンブン振りながら、どうやらご立腹。

「ははは、まだまだだな、鋼の。」

腕を組んで高らかに笑う上官は、立ち尽くしている私にようやく気付いた。

「あぁ、中尉」

それに気付いて、エドワード君が振り返る。
私を確認した途端に、不機嫌そうな顔が崩れていく。

「あ、中尉!アルに会わなかった?」

開口一番自分の弟の居場所を尋ねる彼。
どうやらココまでは一緒に来てたのだが、アルフォンス君はブラハを探しに行ったらしい。

「なら、入れ違いかしら。ブラハなら今は司令室で寝ているから…」

「いいよ、そのうち戻ってくるって。最悪宿に帰れば会えるし」

旅なれた兄は、そう言って私に笑顔を向けてくれた。
こういう笑顔は凄く子供らしい。

こういう笑顔を見るたびに思う。
なんて彼らは強いんだろう。
これは、間違っているのかもしれない。
彼らには脆い所もあり、それを乗り越えて今を踏みしめているのだから。
だから彼らは強い。

テーブルの上には、チェス盤と散乱した駒。

「ちょっと待ってて、お茶でも入れてくるわ」

「え、あ、ありがとう中尉」

そう言って扉を閉めようとすると、そこに白い手袋が割って入った。
「私も行こう」
「大佐?」

そうして客人であるエドワード君を一人残し、私たちは給湯室でお茶を入れていた。
…どうして大佐がお茶なんか?
日頃の恨みかなんかで、まさか一服盛る気なのかしら?

いつもと違う態度の大佐に、思わず変な考えがよぎる。

「…直視していられなかったんだ…鋼のを」

薬缶を手にした私に、天井を見上げながら彼が呟いた。
焦点の合わない瞳で、天井のシミを見つめている。

「また、傷が増えていてね。頬や首下なんかにもかさぶたや痕があった。」

きっと、だからチェスを仕掛けたんだ。
アルフォンス君が出て行って、それから二人で話すにはあまりにも痛々しかったら。

基本的に、大佐は優しい。
どうこう言いながらも、結局はあの兄弟のことを親の視線で見ている。
心配で心配でたまらないと、顔に書いてある。
どうせ私の前でしかそんな顔はしないのだから、口にしてしまえばいいのに。

空の薬缶を握り締めたまま、なぜか彼を見つめていた。

「チェス…お強いですね…」

ボソっと言うと、彼は微笑みながら私を見た。
確か以前もブレダ少尉としていたし、将軍とも何度もしていたから。
多分強いのだとは思っていたけれど。
さすがは、司令官。

「ふふん。どちらかと言うと、チェスよりも寝技の方が得意…ぐっ…;」

アラ、ヤダ。
手が滑って、薬缶を大佐の足の上に落としてしまったわ(笑)

「良かったですね、水を入れる前で」

入れていたら、内出血で親指の爪くらい変色してたのかもしれないが。
…ホントはそれくらいで丁度いい。
この人は、いつもコウだから…。

チラリと盗み見ると、情けない顔で彼が笑っていた。

「…お強いですね」

どうして、その一言を言おうとしてこんなにも泣きそうになるんだろう。

「お強い…ですよね…?」

彼は強い。
そう、彼は強い。
強くなくてはいけない。
私たちの上司なのだから。
この人に付いていくのだから。

彼は強い。
強くなくてはいけない。
脆く、崩れるわけにはいけない。
そんな暇はない。

「中尉がいるからな」

そう、微笑がほんの少しだけ柔らかいものへと変わる。

「はい」


そう、彼は…。






END



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