11.弱




『あっはっはっはっは!!』

電話の向こうで大きな笑い声が弾けた。
腹部を抱えたままで笑い転げているだろう、相手の姿が簡単に想像できる。

『そりゃ、お前さん…アイツもそこまで親バカだったとは、俺も思わなかったぜ!』

とても楽しそうに笑う彼は、親友の弱みをまた一つ握ったとばかりに強気。

「エドワード君達は気付いてはいないみたいですけど」

報告に来たエドワード君に、お茶を入れに行ったまま…帰ってきたらコレだった。
彼は眠ってしまっていて、大佐は仮眠室に毛布を取りに行った。
そこへ、中央からの電話。
相手はきくこともなく、大佐の親友(悪友とも言う)ヒューズ中佐。

大佐はいないといった途端、親バカトークは私に向けて始められた。
さすがの私も、この方の長話を毎回聞くのも…と。
結局、別室の上司に向かって手を合わせ、先ほどのコトを話のネタにさせてもらった。
もちろん、引っかかり具合はというと、マグロの1本釣り並。

ガップリと食いついてくださった。 『ロイの奴も、エドとアルには弱いな』

「本当に。本人もあまり自覚してはいないようですが。」

自然と溜息をついてしまい、呆れている様子が向こう側にも伝わっただろう。

『でもまぁ、あいつにはもっと弱いものがあるけどな』

「何ですか?」

『何だと思う?』

大佐の弱いもの?
きっと、たくさんありすぎてわからないに決まっている。

「雨ですか?」

『別に奴自身は弱くねぇなぁ』

「事務的作業」

『それは弱いんじゃなくて、嫌いなだけなんじゃ…』

「上官」

『あいつがヘコヘコするタチか?』

「女性」

『んー、おしい』


困ったことに、なかなか当たらない。
でも、女性で近いということは?

『だからな…』



「あの、大佐」

「どうした?」

薄めの毛布を少年にかける自分の上官に、そっと声をかけてみた。
その腕に、自分の腕をゆっくりと絡ませる。

「中尉?」

さっきヒューズ中佐に言われた通り。
少し考えるように俯いて、下から覗き込むようにして大佐を仰ぐ。

彼の逞しい腕が、ピクリと反応するのがわかった。

「今晩…夕食を…ご一緒できませんか?」

かすれる程の小さな声で、そう伝える。

「どうしたんだ?急に君から…」

「いえ…駅前にレストランができたと聞いたので、宜しければご一緒に…と…。
もしかして、お約束ありました?」

今日の夜は、パン屋のお嬢さんと約束しているという話は、先ほどブレダ少尉に聞いたばかりだ。
さぁ、どう出ますか?

「君が誘ってくれたというのに、それ以上に優先すべき事などないよ」

あまりに彼が嬉しそうに笑うから。
予定外の笑顔に、してやられてしまった。
どうしてこう、…この人は。
こんなにも子供みたいな無邪気な顔で笑うのかしら。

「けれど、さっき中央から急ぎの書類が来たといって…」

「勤務時間内に終らせればいいのだろう?」

そんなに余裕で言うのなら、毎日そのペースで仕事をしてください。

知らないうちに腰を引き寄せられていて、微笑みは目の前だ。
ちょっと悔しくなって、チラリと見上げる。

「パン屋のお嬢さんは宜しいのですか?」

「彼女とは昨日行ってきたよ」

…ブレダ少尉、来週早番!

何だかすごく気に食わなかった。
彼が女性とデートを繰り返しているのは、今に知れたことじゃない。
だけど、…嬉しかったのに…。
…他の人とのデートより、私を優先してくれた事が嬉しかったのに。

裏切られた気分。

「今日は、午後からと夜と別々の人だったんだ。」

「…はい?」

「君とのデートなら二人とも断っておくから、安心したまえ」

あぁ、なんですかそれは。
卑怯じゃないですか。
…そんな顔で、そんな声で、そんな事を言うなんて。

「…なら、絶対に終らせてくださいね…?」

「もちろん」



『だからな、あいつは中尉に弱いんだよ』

ヒューズ中佐に言われたとおり、デートをエサにして仕事をさせようとしました。
今の進み具合を見ていると、完璧に間に合いそうです。
あの集中力を、いつもせめて1/5でも出してくれていれば…。

結局の所、正しい事がわかりました。

彼が私に弱いんじゃありません。
それ以上に、私が彼に弱いだけなんです。






END



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