12.無




散々探し回ってようやく見つけた彼は、会議室にいた。
今日の会議の予定はないため、誰も近寄らない所。
一番上等な椅子に座り、机の上に突っ伏している。

その手元には、何冊かの本と資料のファイル。
万年筆にその差し替えたインク。
レポート用紙が、ほんの少し開いた窓から滑り込む風によって舞い上がる。
黄ばんだ薄いカーテンが、ふわりふわりと優しくはためく中。
息もせずに眠り込む男。
上着も椅子の背にかけたままで。
苦しいのか、シャツのボタンもいくつか開けている。

仕方のない人。

上着をその肩にそっとかける。
風にもてあそばれた黒い髪が、私の手の甲を優しくくすぐる。
身動きひとつせずに、壊れた人形のように。

深い眠りの底で一人いるのだろう。

…中身が空っぽになればいい。
彼の中身が空っぽになればいい。
上など目指さず、人など殺さず。
ただ何もなくなってしまえばいいのに。
そうすれば、彼はただ平和に生きれるのだろうか?

そう、小さく彼の耳元に口付けた。

「中尉?」

目を閉じたままで、ただその整った唇から呼ばれた。
はっと見下ろすと、口許は弧を描いている。

「起きてらしたんですか?」

「君の気配がしたからな」

何もなくすなんて無理だ。
私が焦がれてやまないのは、この余裕ぶった微笑み。
無茶な精神。
それでもって、弱い。
焔の錬金術師、ロイ・マスタング。

ならば。
なくさなくてはいけないものなんて、最初から決まっている。
そう、今までもこれからも。

彼の前に立ちふさがる、邪魔なもの。
それらを全て消すの。
そのための、私。

「査定の用意はいいんですか?」

散らばった紙の山を丁寧に拾ってやる。
上下を揃えて、机の上へ。
わずかな隙間の窓も、閉めてしまえ。
カーテンが静まる。

「私を誰だと思ってるんだね?」

起き上がった彼は、自身満々に私を見下ろした。
そんなもの、答えはたった一つに決まっている。



「焔の錬金術師、ロイ・マスタング大佐です」

「よくできました」

降って来る唇は、焔のように熱い。






END



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