14.嬉




「今度の軍部内のダンスパーティー、マスタング大佐はどなたと出席なさるのかしらね」
最近の東方司令部内での話題といえば、ソレだった。
受付によっても、書類を取りに行っても、食堂に行っても。
その話を聞かない日は、ないくらいに。
そんなくだらない話をしているくらいなら、手を動かせば言いと思う。
どれだけ貴女達が心配しようとも、きっと大佐はどこかの令嬢を引っ掛けるのだから。
そう思うと、溜息が出る。

2日前には、私にもその話が振られるほどだ。

「ホークアイ中尉は、大佐のパートナーがどなたなのかはご存知なのではないんですか?」

そう聞いてきた勇気ある彼女は、確か事務の子だった筈。
大佐はいつもと変わらずに、日々デートに勤しんでいる。
本人からはそんな話は全く出ないのだから、私が知っている筈がない。

「聞いていないわ」

そう、渡された書類を確認しながら答えた。

そう。だって、私は何も知らないんですもの。
あの人が、何処の誰と行こうとも、私には関係ない。



「中尉、例のパーティー出るんスよね?」

ハボック少尉にそう振られて、私は簡単に二つ返事で返した。
そういえば、交流会のようなものらしく、士官以上の階級のものが対象となっている。

「貴方は?」

「ウチの上司が出るのに、出ないわけには行かないでしょう?」

この場合の『上司』は、私ではなく大佐を指していた。
こういう場で、いつあの人が狙われないとわからないのだ。
護衛を兼ねて、顔を売りに行くしかない。

「パートナーは決まってませんけど…」

「そうなのよね、それが問題。
へたに誰かにお願いして、大佐と離れているうちに襲撃…なんてたまったもんじゃないし。」

今回のこの行事の一番の問題点はコレ。
一人で行っても構わないけれど、変なのに付きまとわれると厄介。
どうせあの無能な上司は、ココまで考えている部下の心配なんて、これっぽっちも考えてはいないだろう。

「ほんと、いっそのことダンスの踊れない人でも探した方がいいかしら」

「は?」

ハボック少尉は、何の話だとばかりに聞き返してきた。

「せめて、壁際で話しているだけなら、大佐の行動も見てられるわ」

あぁ、と納得し、彼は煙草を取り出す。
咥え、火をつけ、頭をガシガシと掻いた。

「ったく…もう1週間もないってのに…」

唯でさえ、中央からも将軍などが来るのだ。
何組のテロリストが計画を練っているともしれない中で。
狙われるであろう要素を持った彼が、遊び呆けている事が信じられない。

二人して休憩所で溜息を付いていると、軍靴の足音がした。
顔を上げなくても、気配でわかる。
いったいどれだけ付き合っていると思っているのか。
もちろん少尉も同じで、げんなりしていた。

「どうした、二人共。暗い顔をして」

(あんたのせいだよ)

即座に横から、無言のツッコミを感じる。
ごもっとも。
しかし当の本人はこちらの事なんかお構いなしだった。
まぁ、いつもの事ではあるが…。

「ところで。パーティーのパートナーは決まったのか?」

楽しそうに聞いてくる。

「この忙しい時期に、そんなの簡単に見つかりません」

キッパリと『貴方と違って』という言葉を、視線で叩きつける。
締めきりギリギリの物しかせずにデートに駆け出してしまう上司。
そんな人のフォローをしなくてはいけないのだ。
こっちの立場も考えて欲しい。

「それはよかった。あとで二人共私の部屋に来るように」

低い声で囁くように溢し、そのまま踵を返す。
その口元が、やけに楽しそうだったのを、私は見た。
ただそれと同時に、射貫くような焔の燈った瞳を見つけてしまった。

近くの吸殻入れにまだ長さのある煙草を押しつけ、少尉が伸びをした。

彼も見たのだ。
あの上官を。

雨の日は無能で、仕事は溜め込むし、女性関係はだらしのない。
そのくせ、独占欲と出世欲だけはだれにも譲らない。
指先から迸る焔と、それを宿した強靭なる瞳と魂。
策略家である、ロイ・マスタングを。




「パーティー当日の、何組かのテロ集団の行動が漏れてきた。その為こちらも、罠を張る」

ハボック少尉の手元には、何枚かの書類。
一番上には、女性の写真のついた履歴書のようなものもある。

「少尉は彼女につけ、実行犯だ。」

「つまり、つきまとってナンパの振りすりゃいいんすね?」

異性なのを逆手に取る作戦だ。
ただ、その為にはパートナーがいては邪魔だ。
元から、パートナー同伴は義務ではない。

「あぁ、他にも何人かそうして実行犯にはつくことになった。
いいな?」

「Yes,sir!」

きっちりとした敬礼が返る。

続いて、大佐は私を見た。

「中尉には、今回も護衛を頼む。
そして、それと同時にヤツらを取り押さえる時の援護だ。」

「お言葉ですが大佐、今回はパーティー会場なので私一人では難しいかと思われますが」

「わかっている。だから、君には私のパートナーとして出席してもらう」

「っ…本気ですかっ!?」

私よりも先に、ハボック少尉が声を荒げた。
何せ今回の事で、相当数の女性が大佐のパートナーを狙っていた。
そこに部下を引き入れるとは…。

「何か問題が?今回の作戦は中央からの指令でもある。
私の護衛・援護役であるホークアイ中尉を傍に置いていても、そういう目でしか見られない。」

「わかりました。そのつもりで用意します」

実は不本意だけど。
本当に不本意だけど。
…仕事だから、仕方ない。
彼を守らなければいけないのだから。

「よし、少尉はもう仕事にもどれ。中尉は当日の打ち合わせだ」

「了解、失礼しました〜」

ヘロヘロと手を振りながら、少尉は執務室をさっさと出ていってしまった。
無理にパートナーを決めなくても良くなっただけ、気が楽になったのかもしれない。
とりあえず、これでお互いパートナーの心配はなくなったのだけれど…。

「それで、だね中尉」

「はい」

「…ドレスは私の方で用意させてもらっても、良いかな?」

「…は?」

デスクの上で肘をつき、その上に顎を乗せた形で私を見上げている。
その表情は…どこかこちらを伺っているようで…。
判断を下す司令官の顔ではない。
つまりは。

「この仕事を口実に、君にドレスを送りたいと思うのだけれど」

「ご遠慮させていただきます」

一体どこからどこまでが仕事なのか、皆目見当もつかない。
すでにこのセリフはプライベート時のものだ。

「いいじゃないか、なかなか君がドレスを着てくれることなんてないのだし。
せっかくだから、上から下まで全部コーディネイト・・」

「嫌だと言っているんです!」

嬉しそうにニコニコ笑う大佐は、私の意見など聞く気もないようだ。
それなら最初から聞かないでいて欲しい。
聞かれたら、私は断ることしか出来ないというのに。
そういうことを、彼はわかっていない。

「何色にしようか?」

平然と、言ってのける。

嫌だと言っても何と言っても、彼は聞いてはくれなくて。
私はただただ否定するだけで。
きっと彼は引いてくれないのだから、私が折れる。
だから、後はそのタイミングを、見極めるだけ。

わざとらしく溜息を吐いて、彼を見下ろす。

「目立たない、シンプルなものにしてくださいね」

こうやって呆れた風を装いながら、譲渡する。

これがいつも通り。
これが私達の会話。
まわりに人がいようといまいと、成り立つもの。

あの人を想う気持ちは、心の奥底にそっとあればいい。
それをあえて表面にする理由はない。
…彼はそれを求めてはくるけれど。

私の意地と彼の我侭。
彼だけが勝っているわけじゃない。

「楽しみにしててくれ」

あぁ、どうしてそんな嬉しそうな笑顔ができるんだろう。
そんな顔をして、きっと買ってくるのは私のオーダーとはかけ離れたものなんだろうけれど。
一緒に行って、選ぶわけにはいかないのだろうから。

「……わかりました…」



彼のいる部屋の扉を閉めて、そこで止まってしまった。

ほんの少し。
ほんの少しだけ口元が緩むのを、止められない自分がいる。

軍の中にも外にも、彼を慕っている女性は数限りないというのに。
その中から、選んでもらえた。
任務だといえば、それまででしかないけれど。
それでも、ドレスを…(その後着るかもわからないのに)…選んでくれるのだという。
いつもはそういう類いのものは、全て断るけど。
今回は、仕事関連だから。



嬉しい、と思ってしまったことは秘密。






END



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