16.泣




泣かせたいわけじゃない。
その顔を歪めたいわけじゃない。
それなのに、そんな顔をさせてしまうのはなぜだろう。

「泣かないでくれ」

懇願するように囁くと、搾り出したような声が返る。

「泣いてなんかいません」

嘘ばっかり。
涙を流していなくても、君は泣いているじゃないか。
ぎりぎりと何かに締め付けられるように。
少なくとも、そう見える。
彼女が、なぜそう感じるかはわからないが。BR> 私にはそう見えた。

その頬に指を添えようとすると、叩かれた。

「触らないで下さい」

私の手の甲が赤くなる。
目を反らしたまま、彼女は唇をキュッと結んだ。
悲しんでいるのか、怒っているのか、それさえも判別できないほどに激しく。
彼女の感情が高ぶっている。

「私に触らないで下さい」

声が…かすかに震えている?
数歩、私から離れるようにして後ずさった。

「中尉?」

「わたしがどれだけ…」

ギリッとこちらを睨みつけた彼女の瞳は、潤んでいる。
手負いの猫のように、誰も寄せ付けないオーラを纏ったままで。
震える肩に手を伸ばしたくて。
けれども拒まれた矢先、動けはしない。

「どれだけ心配したとお思いですか!?」
真正面から射るような視線でその場に縫いとめられ、私に返す言葉はなかった。
左腕からの出血は多いようで、装着済みの発火布は真っ赤に染まってしまっている。
足元には、小さな血溜まりがじっくりとその面積を増やしていた。
簡単な処置だけで病院にも行っていない為、止血は完璧ではない。
それどころか、さっきよりももしかすると出血量は多かったかもしれない。

「どうして、私の前なんかに飛び出してきたんですか…?
私は…それほどまでに信用のない部下ですか?」

下唇をかみ締めて、堪えるように中尉は下を向いた。
擦れる声は聞いている分にも苦しい。

「私の目の前で、君を狙う相手が悪い」

「貴方には非はないと?」

「君に銃口を向けられて、私が冷静でいられると思っているなら間違いだ」

開き直ったわけではない。
ただ、これは隠しようのない真実。

少なくとも、部下もいなかった二人きりで襲われて。
君を守れなかっただなんて。
上司として守られるならともかく。
…せめて仕事以外なら、男として君を守りたい。

なのに、泣かせてばかりで。

「なら…貴方を狙われた時の、私の気持ちは察してはくれないのですか?」

そうして君は、私のために血の涙を流してくれるんだ。
そんなものはいらない。

「君がもっと自分を大切にしてくれるなら、私の行動だって変わってくる」

彼女は少しだけ俯いて、その頬がほんのりと色づいた。
悔しそうにスカートの裾を握り締めて。
呟く。

「…して…ますよ。
これ以上傷のついた身体は、きっと貴方は痛々しい目でしか見てくれないでしょうし。
私が動けなくなれば、貴方のお守りをする人間も、貴方の監視の出来る人間もいないですから。」

「それだけが君の全てじゃない」

どう言えば伝わるのか、わからない。
苦しいほどに痛い想いを、彼女は涙で流す事はせず…。
だからこそきっと、余計に泣きたいのだろうに。

互いが互いを守りたいと思う。
どちらも引けない。
矛盾。

私が引くべきなのかもしれないが。
そんなことは出来ない。

だから。

きっと彼女は泣きつづけるのだろう。






END



BACK |  CLOSE  | NEXT