19.暖




外の空気は冷たく、コートから出た頬を切りつける。
街灯は暖かい色を演じたまま、しかし偽物で。
機械から生じる熱は、人のそれとは異なる存在。
そう。
命の鼓動は、確かにその熱を巡らせる。

発火布の下の指先も既に悴み、おそらく青白い。
ついさっきまでは同じ部分から灼熱の焔を生み出していたはずなのに。

思い、ふと立ち止まって発火布を外す。
出てきたのは、予想通りの血色の悪い指先。
爪も紫色に見える。

「…帰りたくないな」

仕事で出ていたのだ、中尉に怒られる事はないだろう。
少なくとも、外出理由に関しては。

こんな色の指を見られたら、どんな雷が落ちるか…。

まず、健康管理の面を長々と説教されるだろうな。
それで、次に生活面の話。
どうせそのまま、「大佐は私生活ではルーズすぎます」とか言われて。
結局はけちょんけちょんに言われ負けるんだ。

それで

「そんなに心配してくれるなら、いっそ私生活もサポートして貰いたいのだがね」
と冗談風に、けれど全く言っている本人は全く冗談じゃないセリフを告げると。
「ご冗談はそれくらいにしてください」
って、彼女は書類の束を運んでくる。
いつものことだ。

そう、いつものこと。

そうしてどうしようもなくなって、諦めて書類に手をつけ始める頃。
彼女はコーヒーにミルクと角砂糖を3つも入れて、持ってきてくれる。
デスクの端の邪魔にならない場所にこっそり置いて。
私が気付くと、ほんの少し目を反らして拗ねた風に口を引き結ぶ。
不思議に思って名前を呼んでみると、また怒られる。

「仕事場ではファーストネームで呼ばないで下さい」

でも、そのあとで。
柔らかく微笑んでくれる。

「今晩シチュー作ろうと思います。
ヘタに外食なさるより栄養価は高いと思いますので」

その言葉の外に含まれる本当。

「私が君のシチューをいただいても、あの犬の機嫌は損ねないかね?」

彼女の誘いを私は断らない。
それは、両方承知のこと。

彼女はいつも通り、暖かい笑みで答えてくれる。

トクリと心臓が高鳴る瞬間。
いつも。

そろそろ身体も凍えそうだ。
嫌だとか言っても、結局は一度あそこに帰るしかない。

犬が邪魔だろうが、帰って一発目の怒鳴り声が相当苦手だろうが。
帰るしかない。

彼女が待っている。

今日はビーフシチューが食べたいとか言って、駄々をこねてみようか。
上目遣いに微笑むと、彼女は一瞬たじろいでくれるから。
すごく可愛い。

感覚の感じないこの頬に、彼女の指先を滑らせて貰おう。
氷のような唇に、口付けを落としてもらおう。

彼女は私の暖だから。
帰ろう、彼女の元に。






END



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