23.遊




指先に湿ったものが押し当てられた。
慣れたその感触に、現在の時間を知る。
だらりと力無く投げ出された私の足は、知らない間にシーツがめくり上げられているらしく、冷たい空気が脚を撫で
ていく。

毎朝、この家の主である私を、いつの間にか成犬になっていた愛犬がこうして起こしに来る。
鼻先で私の明日を突いては、「お腹が空いた」と急かすのだ。
目覚まし時計を信用しきっている人間なんかよりも、彼は時間を把握しているから。
きっと、今は六時半頃。

「今日は非番だから…もうちょっと寝かせて……」

久しぶりの休みぐらい、ゆっくり朝寝坊したい。
ご主人のわがままに付き合わされるこの子が可哀相ではあるが、その分ゆっくりと昼から散歩に連れていってあげ
よう。
最近忙しかった分、たんと遊んであげるから。

脳内で勝手に自己完結させた筈だったのに、それを聞きでもしたのか愛犬の鼻先はピタリと止まった。

もう少しだけ……と、自分自身に言い訳をして、私はシーツをめくられていた脚をぎゅっと縮める。
このまどろみは極上の一品で、世界中がこんなにも穏やかな時を刻んでいるのではないかと誤解しそうな、朝。

しかし、再び眠りの海に沈む前に、私の足に何かが当たった。
湿度を含んだ……柔らかな…………何…?
愛犬が、またベロベロと舐めているのかと思ったが、どうやら違う。
何なのかを、半分寝たままの頭では弾き出すことが出来なくて。
どうにも、もどかしい。

それでも起きない私に、今度はその気配が横を通って枕元まで移動してきたようだ。

「あと、一時間したら起きるから……」

「君はそうやって二度寝して、時間通りに起きたためしがないだろう?」

そう、耳元に響いたのは、私の『弱点』。
更に耳朶を舐めてくる感触に、肌が粟立つ。
頭の中は一瞬にして真っ白になり、次に恐ろしい勢いでの覚醒を遂げ、フルスピードで回り出した。

「今が六時半。君の用意が三十分で、公園脇のカフェのモーニングが八時から。
 このまま一時間寝かせたとして、それじゃ何も出来ないじゃないか」

「今から一時間半後の八時にカフェでの待ち合わせなら、それで時間ぴったりだと思われますが?」

起きて間もないこの身体では、声もわずかに掠れていた。
それでもいつも通りに言えたのは、もうこんなサプライズもある意味で『日常』だからかもしれない。

「いやいや、せっかく夜勤を終えて真っ先に君に会いに来たんだ。
 夕方まで甘やかしてくれてもいいじゃないか」

私は今日一日非番だったが、このとんでもない男は昨日も今日も夜勤だったということを脳内スケジュール帳か
ら引っ張り出した。
とはいえ、どうせこのまま寝てしまって昼過ぎにモゾモゾと起き出すのが相場だろう。

「貴方を甘やかしていたら、掃除も買出しも出来ません」

いつもの事だけれど、しつこい。
にべもなく言い切って頭までシーツを被ると、シーツ越しにまた囁いてくる。

「じゃあ、私が君を甘やかしてあげるから。だから、『遊んで』くれたまえよ」

寂しそうに、切なげに言うのは、ずるい。
夜勤明けだからこそ、『副官』の私は『上官』の貴方をゆっくり休ませてあげたい。
またすぐに司令部に行ってしまうのだから、しっかりと寝かせてあげたい。
だから。
私の表面をかろうじて覆っているその膜から、お願いだから私を引っ張り出してしまわないで。

「私より、ハヤテと遊んであげてください」

くぐもった私の声が、自分の耳には駄々っ子のように聞こえた。
実際はそうなのだけれど。
せめて彼にはそう聞こえなければいい。

側にあった気配がそっと離れて、小さな爪音をたてながら寄ってきた音の方へと移動するのが感じられた。
彼は私の言った通りにしてくれたのに、私はそれに対して拗ねていた。
自分の犬に対してまで嫉妬なんてするとは。

「なぁ、リザ?」

離れたところから呼ぶ声に、私は何も返さない。
泣き出してしまいそうになる哀れな少女を、抑えるだけで精一杯なのだから。

「リザ?」

寝たふりをするのも、息を潜めるのだって、苦手じゃない。
仕事柄、気配を消すことだって容易だ。
そう。
容易なはずなのに。

どうして私は声を潜めるようにして泣いているのだろう?
頭から被った薄いシーツ程度じゃ、嗚咽が漏れてしまう。
こんな状況で私が泣き出す理由なんて、ひとつもないのに。

腫れた目じゃ、モーニングなんて食べにいけない。
あそこのカフェのベーコンエッグバーガーは美味しいからって、この間教えてもらったばかりだったのに。

「上官命令だ、ホークアイ中尉。
 これから私と『遊ん』で、そのままモーニングに付き合いたまえ。
 口答えは一切聞かないから、そのつもりで」

サラリと言ってのけたそれは、一瞬で私の耳元に戻ってきていて。
困ったことに、剥がされたシーツの向こうには、優しい大好きな笑顔が覗き込んでいた。



Hello, it is rabbit of red eyes.
Let's play with me.






END



ス●バのベーコンエッグバーガーが美味しかったです。
お肉が、ハーブ入ってるやつ。
温めてもらったんですが、アレは美味かった。また食べたい。

2007/05/19
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