* イタズラ *




大佐の所へ午前中締め切りの書類を取りに行った中尉が、戻ってきた。
手には2時間程前に入れに行っていた筈の、ティーカップが空っぽになってあった。
しかし、いつもの恐ろしいオーラは放出されていない。
それどころか、口許を押さえつつ必死で笑いを堪えているように見える。
それをみたフュリー曹長が、目を大きく開いて尋ねた。

「中尉、どうしたんですか?」

彼女の現状から考えるに、おそらく我等が焔の錬金術師は…
お茶だけ飲んで、書類はほったらかしの上居眠り、又は脱走中。
けれども、コレまでの彼女から考えると、この反応は不思議だ。

そこへ、ファイルの束を抱えたハボック少尉が帰ってきた。
中尉の様子を見て、ニヤリと笑う。

「見たんですね、中尉?」

そちらを振り返ると、まだ笑い続けたままで彼女は頷いた。

「えぇ。あれ、少尉なの?」

苦しそうに腹部を抱えたまま、目元から溢れる涙を服の袖で拭う彼女。
ようやっと自分のデスクまで辿り着き、ティーセットを置く。

「いえいえ、そんな恐ろしい真似…。俺が30分前に行った時は既に」

どうやらまた思い出してしまったらしく、中尉は椅子に座るとデスクに伏せた。
肩がヒクヒクしている。

フュリー曹長は全く訳のわからない会話に、目を白黒させていた。
今はこの部屋に3人しかいないため、頼る相手もいない。

「じゃぁ、あれは一体誰が?
あの大佐に悪戯なんて、なかなか出来ないんじゃ…」

起き上がってきた彼女は、言っているうちにとある人物を思い出した。
目があった少尉も、どうやら同じ人物を思い出したらしい。
国家錬金術師であり大佐の地位にあるあの男に、唯一引けを取らずに立ち向かっていくマ…。
いや、少年錬金術師。
少々小柄なのが本人の最もプライドに響くものではあるが。
金の髪、金の眼の、最年少で国家錬金術師になったという…
鋼の錬金術師。
エドワード・エルリック。

そういえば、先日頼んだ査察の資料がまだ全て渡せていなかった。
そこまでパズルのピースが揃うと、あとは簡単だ。

嬉しそうな顔をして、アレを練成していたであろう姿を想像して、二人はまた笑った。

「あ、でも顔のは俺です。」

「やるわね、少尉」

困った事に、全く話に参加させてもらえない曹長は、意気消沈してデスクについた。
それが目に入っているのかいないのか、少尉は中尉にこそっと聞いた。

「中尉は何も?」

それを聞き、彼女は左手の人差し指を一本だけ口の前で立ててみせる。

「まさか」




司令官室で日向ぼっこよろしく昼寝をしている(本当は残業続きだったとしても)大佐。
自分の机に突っ伏して、自分の腕を枕にし横を向いて寝ている。

その頭には。
真っ黒な布製の猫耳。
1時間前にエドが眠りこけた大佐を発見し、思いついた悪戯だった。
ティーセットのなかの布製の黒いコースターで、こっそり練成した。
起きた本人が、気付かずに回りに笑われればいいと思い、やってやったもの。
その時の話は後で軍部の誰かに聞こうと硬く決意し、そのまま弟のいる宿へと戻った。
その場で見たいのは山々だが、バレるのは目に見えている。

そうしてマ…じゃなかった、エドが出て行った30分後。
追加書類を何枚か手にしたハボック少尉が、それを見つけた。
手にしていたものを落としそうになり慌てながらも、とりあえず声を殺して笑った。
そして、その書類を確実に山になっている紙束の一番上に乗せると、転がっていたペンを手に取る。
すこし考え、大佐の一番上の引き出しに入っていた油性マジックを、無断拝借する事にした。
キュポンと小気味のいい音がし、シンナーの匂いが鼻をつく。
ハボック少尉の口が、にんまりと弧を描いた。
こうして、猫耳マスタング大佐に一目でそれとわかるような、しかし少し歪んだ猫髭が追加されたのだ。
作者はそれを見つめると、満足そうに頷いて証拠を元に戻し、軽い足取りで退出した。
『これくらいなら、悪戯発案者のせいにしちまえる』というのが本音だ。

最後に、それを見たホークアイ中尉は笑いが止まらなかった。
何せ可愛かったのだ。
見事に予想を裏切る可愛さだ。
ついでにいうと、それでも眠りの深いところに行ったままの彼は、幸せそうである。
見ていると、何かしてやりたくなってしまった。
自分がやったと確実にわかる、しかし絶対に彼に勝てる悪戯。
そうでなくてはやる意味はない。
何がいいかと悩んだあげく、彼女はほんの少しかれの顔に唇を近づけた。
仕上がったそれを見て、微笑がこぼれて来る。
あとで一体何と言われるだろうかと考えると、苦笑いに変わった。
『夕食くらいはおとなしく付き合おう』
そう自己完結し、彼女は踵を返した。

かくして、黒猫ロイ・マスタング大佐は完成した。
真っ黒な髪とおそろいの耳を付け
頬には三本ずつのお髭をたくわえ
口の端に、淡い色のルージュをつけて
寝惚け眼の彼を見た途端、渋い顔をしたのはハボック少尉だけだった。






END



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