* おはよう *




木漏れ日が気持ちいい。
フカフカのシーツは心地よく、夢現つで彼女は寝返りをうった。

「中尉…」

耳に馴染んだ声も、彼女を起こすどころか睡魔の一種でしかない。

頬をつつくような感触があった。
何だか気になるが、それでも気持ち良くて目を開けられない。

「起きたまえ、中尉」

耳元で囁かれると、起きるどころか体の力が抜けていく。

真っ白な枕を握り締め、彼女は呟いた。

「もう少し寝たいんです…後でにしてください」

信じられないほどの心地のよさに、声は甘い。
さらりと前髪を弄んでいた指が、頬を撫でていく。
しかしなぜだか、肌にあたる指は布をまとっていた。

「残念だが、待てないんだけれどね」

困ったような苦笑混じりのセリフに、彼女は体の力を抜いた。
仕方ないとばかりに、小さなため息もつく。

「体がだるいんです。まったく、誰のせいだと…」

彼女の今のセリフは、よく聞き及んだものだった。
大佐が、まさか…と口を開いたのも無理はない。

「…寝呆けているのか?」

頭に手を突っ込み、ガシガシと黒髪をかきあげた。
いまだ彼女は夢現つで、彼の困った顔など見えてはいない。
部屋の時計を見て、その顔色は変わる。

「冗談言っている余裕はないぞ、起きたまえ!」

シーツの上に転がったまま寝息を立てている彼女を、強く揺する。

「朝ご飯でしたら、ひとりで食べちゃってください…」

襲いたくても襲えないこの状況に苛立ちながら、彼は諦めて咳払いをしてみせた。

「起きたまえ、『ホークアイ中尉』」

さすがにモゾモゾと反応が返り、しばらくすると彼女が体を起こした。
しきりに目を擦っているしぐさは、見ていてとても可愛いと思う。
いつもならここで思わず抱きつき、文句をいわれるところだ。
しかし、今日に限っては全てにおいて希望通りにいかない。
もちろん、明確な理由もある。

何故ならココは、東方司令部の仮眠室だからだ。

いや、彼的にはこのままおいしい話に突入しても一向に構わなかったのだが…。
何せ今日に限っては、午後に中央からお偉方が来る事になっている。
それまでにこなしておかなくてはいけない書類も、午後の用意もある。
彼女も昨日はその準備のために残業で、そのままここに泊まっていたのだ。
それでも、男ばかりの残業部屋の為に彼女の事が気にかかり(電話は2度したが嫌がられたので)
珍しく早めに出勤し、様子を見に来た。
すると、コレだ。
あどけない顔で、無防備に眠りこけている。
彼が頭を抱えるのも無理なかった。

大佐はもう一度時計を見た。
朝礼まで、あと5分しかない。

「…大佐?」

「あぁ、ようやく起きたか。朝礼が始まる、早く行くぞ。」

足に絡まっていたらしいシーツと格闘している彼女に、横に畳んであった上着を渡す。
ここから執務室までなら、何とか間に合うか…と扉を向いたとき。

くんっ…

服の裾を後ろから引っ張られた。
強い力ではなかったので、何かが引っかかる程度の感覚に彼が振り向く。
誰がしたのかなんて一目瞭然のこの現場で、その犯人は穏やかに笑っていた。

「おはようございます」

言われ、すぐにそれのさすものに気付く。
腕に上着をかけたままの彼女に一歩近づき、そっと引き寄せる。
一晩ぶりの彼女の匂いは、甘く優しい。
恋焦がれる唯一の温もりに、硝子細工に触れるように口付けた。

「おはよう」






END



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