* お見舞い *




夜中に玄関先で、年頃の男女がもめている場合。
大抵は痴情の縺れだと、ご近所からは認識されるだろう。
例え会話の内容がそれと関係ないことだとしても、困った事に周りからはそう見られがちだ。
かくして、ロイ・マスタング氏宅の玄関先では、そんな状況が繰り広げられていた。

「ですから、中に入れてください!」

いつもは結い上げている金髪を背中に流し、玄関口で講義するのは女性。
手には紙袋を抱え、仁王立ち。
鳶色の瞳には、少々苛立ちが覗いている。
玄関の扉にその細い足を突っ込み、戸を閉められないようにして。
自分よりも頭半分背の高い上司に向かって、睨みつけた。

「別に、看病などなくても構わないと言ってるだろう!」

一方、大佐の身分を持つ男は、強引な部下を帰そうと必死だった。
自分の体温が通常よりも相当上がっているということを、自覚していないわけではない。
頭もガンガンと痛いし、身体もダルイ。

「ダメです。もう三日もそうやっているじゃないですか!
早く治していただかないと、これ以上業務に穴は開けられませんっ!」

きっぱりと言われ、彼はたじろいだ。
正論だ。
まったくもって正論だった。



あまりに体調が悪く周りにも心配をかけていたので、残業を切り上げて帰ったのが三日前。
それからはあまりにきつくて、家で動けずにいた。
誰か彼かが見舞いに来ていたようだが、それすらも対応できずにいた。
そして今夜。
よりによって、彼女が来た。

何回かノックにベッドの中でうめくように返事を返していると…。

カシャンッ

勝手に鍵が開いた。
いや、彼女によって開けられた。
以前彼女に渡した合鍵が、現在進行形で彼の首をギリギリと締め付けていた。
重い身体を引きずるようにして、彼は玄関まで辿り着いた。
ドアの向こうから、見慣れた顔が覗き込んでいる。

「あぁ、起きてらしたんですね。
薬と食べるものを持ってきたんですが」

そう言って入ってこようとする彼女を、避けるようにして扉に手をかけた。
もう片方の手を差し出す。

「すまないな。風邪をうつしてはいけないから、荷物だけ受け取ろう。」

すると彼女は荷物を両手で抱えなおし、一歩下がった。

「いえ。どうせそうは言っても、放っておいたらまともに食べないんでしょう?」

彼は、キッと睨みつけられた。
視線が痛い。
頭も痛い。
しかし彼女の思いが一番痛い。

壁に身体と頭を預けた状態の男に対し、彼女はその間合いを詰めた。
ロングスカートから伸びる美脚を、細く開いた扉の隙間に突っ込む。

「さっさと食べてさっさと睡眠を取って下さい」

キッパリと言い切るその声は、仕事場で耳にする彼女の声で。
そうして彼女に言われる事に、実はめっきり弱い上司である。
もちろん、儚く喘ぐ声の方がもっと魅力的だし、理性を吹き飛ばされるほどに弱いのだが。

「わかった、寝るから。もう遅い君も帰りたまえ!」

スリッパで彼女の足を退けようとグイと押してみる。

「そんなまともに立てない状態で、何を言っても説得力はありません!」

そうした二人の意地の張り合いに似たそれが続く。



どれくらいそうやって言い合っていたのかは、本人達にもわからない。
それでも、しばらくしてやはり片方が先に根をあげる事となってしまった。

「あーっ、もう…。好きにしろっ…!」

諦めてドアから手を外した彼に、彼女は『困ったヒト』とばかりに溜息をついた。
そうしてテキパキと部屋に入り、さっさと玄関の鍵を閉めた。
それに焦ったのは、彼の方。

「私が部屋に上げたくなかった理由が、わかっていないのかね?」

かすれる声でそう尋ねると同時に、彼女の上に覆い被さるように抱きつく。

「まさか」

彼女が坦々とした声でそう答えるのと、彼の腹部に冷たい温度が寄り添うのは同時だった。

ジャキッ

知りも知ったる彼女の愛銃(名前は何かは知らないが)。
顔を覗き込むと、淡い微笑みが黒い目に映る。

「双方共に同意する気もないのに、勝手な欲で食われる気はありませんので」

彼の理性がギリギリの状態にあるのを知っているのかいないのか…。
彼女はそう答えた。
どうやら、そんな肝の据わった副官に襲い掛かるだけの度胸は、今日の彼にはない。

「そうか」

「それに、優秀なボディーガードもいますので」

そう、彼女は手元の銃を仕舞うと、足元に視線を送らせた。
その視線の先を目で追うと…彼の足元には黒い塊がいた。

「わんっ」

彼女の優秀なる愛犬、ブラックハヤテ号(子犬)だ。
彼的には、『こんな子供に大人の世界がわかってたまるか』なんて思ったりもするが。
実際には彼にも懐いている犬は、彼自身結構に可愛がっていた。
結果。
体調不良から来る頭痛以上に、頭を抱える事柄が増えてしまった。

どうせ彼が何度溜息をつこうとも、今夜は甘い雰囲気になれるはずもなく。
おまけに厳しい看護師を一人と一匹抱え込む羽目になり、最後の溜息とばかりに天井を見上げた。






END



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