* SMELL *




「待て!開けろ!」

扉の向こうで大佐が叫んでいるけれど、そんなの関係なかった。
資料室奥の倉庫のドアは、他の部屋とは違って金属が剥き出しのままなので、固くて冷たい。
ソレを背に座り込んで。
鍵を持ってきたら外側からも簡単に開いてしまうけれど。
とりあえずは鍵がかかっているので、彼も入ってくることは出来ない。
ガンガンと背中に軽い衝撃を感じながらも、頭のどこかで彼の錬金術ならこんな鍵なんて意味をなさないことを
よく理解している私がいた。

彼が悪いわけではない。
そう、彼は悪くない。
この場合、きっと悪いのは私の方。

あぁ、もうイヤ。
こんなことなら、もういっそ恋愛感情なんてなしで、忠義だけであの人を見ていたい。

「中尉!」

返事なんてしませんから。
して差し上げる理由もありませんから。

「リザ!!」

そんな、どこか艶っぽい切羽詰った声で名前を叫ばれたって、鍵は開けません。
…ココロは揺らぎますけど。

言葉にならないイライラに耐えかねて、頭をかく音がした。
あー、きっと今ので前髪は全部降りてしまったんだろうなと思うと、少し残念。
童顔な彼のオールバックは、どこか色気を誘うもの。
よく私に「髪を上げているかいないかで、全然雰囲気が違う」と言う彼の気持ちも、少しだけわかる。

撫で付けてくれというから、先程丁寧に撫で付けてあげたばかりだったのに。
気持ち良さそうに目を細めている貴方を見ているのが、楽しかった。
もっとずっと見ていたかった。

知ってた。
わかってた。
彼が年越しをどう過ごすのかなんて。
招待状を彼のデスクまで運んだのは私だったし、更に将軍から『是非来て欲しい』と言付かったのも私。
だけど。
だからって!

ドサっと音がした。
彼が座り込んだ音。

「出てこないなら、好きにしろ。
ただ、寒いだろうから、奥にある毛布を使え。」

…毛布?
言われたとおりに奥に行って見ると、古ぼけたソファーと暖かそうな毛布が一枚あった。
なるほど。
ココも彼の巣穴の中の一つだったわけね。

確かに物置として作られた部屋は、コンクリートの壁剥き出しで寒い。
だからといって出て行く気にはなれない。
仕方なしに毛布に包まり、ソファに座り込む。

ふわり、と匂いがした。
ソレが何の匂いなのか。
誰の匂いなのか。
わかってしまう。
そして、その匂いに包まれて、どこか安心している自分が少し憎い。

その毛布に頬を擦り付けて、髪を擦り付けて。
思い出したのは、ブラックハヤテ号がやってたマーキング行為。
犬や猫は縄張り意識が激しいと、フュリー曹長が言っていたのを記憶の端から掘り返した。
そうして、ふと壁際に立てかけてあった鏡に目をやる。
毛布を握り締めたまま、大きな姿見の前まで来ると、人差し指でハイネックの首元を引っ張る。
下から覗くのは、昨夜散りばめられたばかりの赤い花弁の舞った跡。
そっと触れてみると、判るかわからないか程度に腫れている。

部屋の中は凍えるほどに冷たいはずなのに、何もしていない筈のそこが熱を持っているような感覚に陥った。
いや、熱を持ち出した。
人間なんて、所詮思い込みで簡単に病気になるような精神的に弱い動物だ。
昨日の熱を思い出したら、心より体が正直に疼いた。

「……リザ…」

扉の向こうから響いてくるかすれた呼びかけに、ビクリと体が反応した。
目の前にいたら、バレているだろう。
きっと今の顔は真っ赤になってしまっているのだろうから。

「もう、いかなければいけない時間だと、わかっているんだろう?
君がいないと、呼んでくださった将軍に顔向けできないことも…わかっている筈だ」

わかってます、わかってます、わかってます!
わかっているに決まってるじゃないですか!!

「貴方の『恋人役』としてだなんて、行けるわけないじゃないですか…」

鏡の前で振り返りもせずに言った言葉なんて、届く筈がなかった。
そう、そんなはずがなかった。

不意にバチバチッと、火花の弾け飛ぶような聞き覚えのある音がした。
次の瞬間には、何事もないかのようにドアのぶがゆっくりと回される。

イヤ。
来ないで。
現れる貴方の顔なんて、冷たく鋭い黒曜石の瞳なんて見たくないもの。
泣きそうになってしまうから。

カツンと、響く足音。
常の軍靴とは違う、スーツに合わせられた、革靴。
黒のスーツは貴方が気に入っている店で作らせたもので、どこもかしこもが貴方のサイズに合わせて作られている。
ジャケットのカフスも、洒落た縁飾りの小柄なルビー。
貴方の色を散りばめた、貴方の為に作られた貴方だけのもの。

私も、そうであればよかった。

「おいで。来るんだよ。」

あぁ、やっぱり。
笑っていない漆黒の瞳が、私を捉えた。
勝手に錬金術で鍵を作り変えてしまった彼は、一瞬怯んだ私の手首を強く握り締め、強引に引き寄せた。
その熱い胸の中に、拘束されてしまう。

耳元に熱い吐息を流し込まれて、脚ががくりと力を失った。
彼に縋りつくしかない状況に陥った。
それもすべて彼の計算のウチだろうという事さえわかっていて、それでも逆らうことの出来ない自分に吐き気がする。
そんな彼にすべてを預けてしまうことを心のどこかで望んでいる自分が、嫌で嫌でたまらない。

「私は、貴方の副官です…恋人じゃない…」

震える指で貴方のスーツに皺を寄せる私に、骨ばった指が伸びてきて髪を優しく撫でていった。
駄々ッこを宥める甘やかさで。

「そうだな。周りはそう思っているだろうな」

真実は違うとでも言いた気な言葉。
だから何?それがどうしたっていうの?

「恋人なら、街中で腕を組んだり一緒にデートしたりしてます。
私は貴方の恋人じゃありません」

真実なんて所詮『信実』でしかないのよ。
私は貴方の副官で、貴方は私の上司で。

「君が命令に素直に従わないなんていうのも、珍しいな…」

あえて『命令』という言葉が出てきた。
副官だと言い張るのなら、『命令』になら従うべきだと。

貴方の中の『恋人』という、軽い場所に私を投げ入れて欲しくなかった。
だけど今の私は、『貴方の副官』という神聖なる仕事を全うするには、あまりに『女』でありすぎる。
特別な立場でありたいと、貴方の中で別格でいさせて欲しいと、ただただ我侭な願いが、次々に溢れてくる。

切なくて、泣きたくて…苦しくて苦しくてたまらない!

「君の代わりを立てることなんて出来ないんだよ、リザ」

貴方の口付けが、強張った指先を溶かした。
指の腹に柔らかな唇が触れる。

「恋人なんていようといまいと関係ない。
恋人の皮を被った、頭の切れる副官なら別だがな。
今日はせっかく、君を狙っているヤツらに『君は私のものだ』ということをじっくり教えてやれるというのに。」

強く引き寄せられて、左耳の真下辺りがチリっと熱く痛む。
姿見をこっそり盗み見ると、首筋の上のほうに真っ赤な跡があった。
ハイネックでも隠すことが出来ない、そんな場所に。

彼の用意してくれたドレスは、彼のルビーと同じ真っ赤なもの。
肌触りの良い薄い布で、ボディーラインが全て出てしまうようなデザインの。
胸元は首のチョーカーから布が繋がっている為露出はないが、代わりに背中が恐ろしいほどガバリと開いている。
ブラジャーをつけることが出来ない、無茶な開き方。

そのドレスをさっき見せられた時、昨日彼が背中には一つもキスマークを残さなかった理由がわかった。
その分、鎖骨から内腿にかけて、花弁を上から散りばめたように跡が残っている。
そして。
チョーカーで隠れない位置に、一つだけわざとらしく残して。

「ほら、早く着替えて。
それとも着させて欲しいかい?」

「貴方に着させてもらうと、パーティーが終わってしまいませんか?」

「確かに…まぁ、脱がすのは私の役だから、いいか。」

あぁ、勝手に言っててください。
心の端で、それを望んでいる私がいるなんて事少しも見せずに、私は貴方の首根っこを掴んで帰って差し上げます。

少し名残惜しい毛布を手放して、直に貴方の肩口に頬を摺り寄せると、貴方の匂いがした。
いつも出かけるときに付けるコロンと混じって、やたら色を含んだ艶めかしいそれ。
他の女には嗅がせてやりたくないと、じりっと軽い嫉妬を覚えた。

パーティーの後の情事は、この匂いに煽られて、気分がいい。
切羽詰った貴方の顔と、艶っぽい空気と。
私だけが知っているならなおいいと思う。



「ダメですよ、帰ってきたら徹夜で書類が残ってますからね」

「………は?」

「昨日、最後までお仕事なさらなかったじゃないですか。
締め切りは明日の朝一なんです。」



そんな顔してもダメです。
貴方が恋人の皮を被れというなら、私はいくらでも被りましょう。
いくらでも貴方の盾になって、貴方の右腕として背中を守らせていただきます。

でも、愛情と忠義、両方を一緒に求めるのはやめてください。
貴方の匂いに溺れてしまった私では、貴方を守り抜く副官の顔は出来ないのですから。






END



拗ねッコ、リザさん。
我がままマスタングさん。
何気に今年最初に書いたものでした;

2005/01/06 裏日記UP
2005/01/20


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