* チョコレート事件 *




その日、城下町へと出掛けていた私の足元は、はっきり言って『ふらついて』いた。
理由?
そんなもの、今日という日を考えれば、決まっているじゃないか!
世は正にバレンタイン一色!
甘いものが嫌いでなくても、ここまでチョコレートの匂いを嗅ぎ続けてきたら……。
流石に、ちょっとは、誰だって気持ち悪くなるだろう!
空間転移で帰ろうにも、逆に酔いそうな予感に、結局鳥姿でのんびり飛行する道を選ぶハメになった。

西の空が茜色に染まり、雲が滲み出した頃。
自宅のある山へとようやく戻って来た。
愛する息子達(血は繋がっていないが)と、愛する伴侶(妻と言うと地獄を見せられる)の待つ我が家は、私にとって何より安らげる場所で。
しかも今日は、最近料理に目覚めだしたらしい息子・こくろの夕飯が待っていた筈。
メニューは聞かなかったが、先日とうとう鍋を買い換えたので、おそらく煮込み系だろう。
あの子が珍しく、目に見えて嬉しそうだったのだから。

「ただいまー、パパだぞー!
 今日のご飯は、なぁ〜にっか……」

滅入った気分を無理矢理に持ち直させて家の戸を開いた私は、その瞬間に固まった。
鼻の奥の方にねっとりと絡まる、甘ぁ〜い匂い。
思わず膝の力が抜けそうになったのをグッと踏ん張り、キッチンからかけられた声に顔を上げた。

「あ、バカトリ!もう、ご飯出来てるぞー!」

力いっぱいはしゃぐヒヨコのような息子・こはなは、顔面に『うずうずしてる』とわかりやすく書きながら現れた。
『バカトリは止めなさい』だとか、『今日のメニューは何なんだい?』とか、聞きたい事がいろいろあったのだが。
この時、の私には、ヒヨコの破壊的なまでの若さを受け止める勇気がなかった。
あぁ、パパももう歳かもしれないなぁ……。





食卓に上がったのは、予想通りの新品の鍋だった。そして、私の目の前には生肉。

「これ、チョコレートフォンデュって言うんだって!」

手元の皿にビスケットやらマシュマロを用意したヒヨコは、満面の笑顔で説明してくれる。
ちなみに、他の皿には、野菜やら果物やらがある。豪華……に間違いはないが、そういう問題でもない。

渡された菜箸を手にしこくろを見ると、可愛い息子は同じように白梟にもそれを渡す。
照れたように視線をヒヨコに向け、こくろはようやく口を開いた。

「今日は、好きな人にチョコレートを送る日だって聞いた。
 俺達が誰よりも好きなのは、黒鷹と白梟だから……」

「だらね、くろとと相談してみんなで一緒にチョコレート食べれるようにしたんだよ!」

言葉の後半をヒヨコが引き継ぐような形で、子供達からの告白を受けた我々はというと……これで、オチない親がいるなら会ってみたいものだ。
例に漏れず、私も、こう……目頭が熱くなってきた。
白梟もあからさまに目が潤んでいる。
……私がどんな告白をした時よりも、感動していないか?

こんな風にされてしまっては、丸一日チョコレートの匂いで吐きそうな目にあっていたとしても、『何があってもチョコレートだけは当分食べないぞ』と強く心に誓っていても、そんなもの簡単に崩れてしまう。
男に二言はないとか言うが、可愛い恋人と可愛い子供相手じゃ時と場合を考えることも大切らしい。
さすがに今日ばかりは、『チョコレートは御飯じゃない』とか言えそうにない。
そういう基本的な教育以上の、人としての温かさを我々の方が教えられた気がした。

「……ありがとう…ございます……」

怒りが沸き起こるより早く、喜びに感情を染められていた白梟は、桜色に頬を染めて二人の息子達を両の翼で抱きしめる。
強く、けれど優しく、想いの溢れる様は、いつかの玄冬の母親の姿に重なり、余計に私の涙腺を緩めた。
それに応えるように、まだ丸く柔らかい頬を白梟へと擦り付ける子供達が、どうしようもなく可愛くて。
駆け寄って、抱きしめたいという衝動を、躊躇ってしまう私はとても卑怯だ。

こういう……素直な表現が出来る白梟を、どこか羨ましく思う分だけ、自分はひねくれている。

「…………バカトリは?」

「ん?」

白梟の腕の中から顔を覗かせたヒヨコと目が合った。
手はしっかりと彼女の袖を握り締めたまま、駄々っ子のような声が飛ぶ。

「人に物を貰ったら、お礼を言わなきゃいけないんでしょ!?」

気付けば、口にはしないが同じような目でこくろもこちらを見ていた。

……なんだ。

「あぁ、そうだ……そうだった。私としたことが……」

テーブルを回って傍に寄り、離れようとした白梟を視線で制して、彼女ごと包み込むように抱きしめた。
二人の大人に挟まれた状態になった子供たちが、クスクスと笑う声がする。

「はなしろ、くろと、素敵なサプライズをありがとう。こんなにもバレンタインを嬉しく思ったのは、初めてだ」

勢い良く抱きついてきたヒヨコは、絶好調だ。
はにかむように微笑むこくろの頭を、抱き寄せるようにして撫でてやる。
特別な日は人を特別にするというのを、思い知ってしまった。



だから。 その後の『食卓上のとんでもない組み合わせのいろいろな物達を食す』事に関しては………今だけは考えないことにさせてくれ。




END



こくろ+こはな+黒鷹+白梟】というのが、正しいのでしょうか?

見事に間に合いませんでした。
でも、バレンタインだと訴えます。
滑り込んだってことにしてもらえたりすると嬉しいです(殴)。


本当は、この後、まだトリトリな絡みにオチまであったんですが。
タイムオーバーというより、正しくは単なる自重というやつです。
ご飯の後(食べたらしい;)、お子様たちがお風呂に入ってる間に二人が片付けしてて……と言う話。


2008/02/15 SNSにUP
2008/04/02


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